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2006年3月13日 (月)

ヴェラ・ドレイク

Photo02

交通事故に遭ったのは、この映画のDVDを
返しに行った帰り道のことでした。

「ヴェラ・ドレイク」

レンタルショップ店頭で見るまでは存在すら
知らなかった映画でしたがパッケージを見て
直感でかりました。

コピーに惹かれてかりてしまうことありますよね。

「すべてを赦す。それが愛」

「赦す」って、「許す」とどう違うのかなと思って
ちょっと調べてみましたが、

「赦す」のほうは、犯した過ちや罪をユルスという意味合い
のようです。

この映画の家族のあり方が私に与えたもの。

本当に「赦す」とは、
本当に「愛する」とは、
どういうことなのかということを
答えではなくて、問いかけるかのように
私に考える機会を与えてくれた。

愛する人が罪を犯したと知った時に、
私は相手を赦すことが出来るだろうか?

この映画の家族の父親であるスタンは、
赦した。

最初は、苦しんだ。
とまどった。
どうしようもない怒りや、やりきれない気持ちが彼を襲う。

それでも彼は妻の全てを受け入れた。
そして逮捕された母親を「家族の恥」となじる息子に毅然と諭す。

「違う!ママの優しさゆえの罪なのだ・・・!」

そうして息子も母を赦すことが出来た。
「愛してるよ、ママ・・・。」

今回の事故の加害者が自宅にお見舞いに来たいと言ったとき
私はとっさに「絶対に来ないで下さい!」と言ってしまった。

火事の被害に遭った時も、盗難の被害に遭った時も
娘を案ずるよりも真っ先に世間体を気にする発言をした
親を、私は赦せないでいた。

だから今回も交通事故に遭ったなんてわかったら
「夜遅くに出歩いてるからだ」とか言われるに違いない!

そんな愚かなことに思考を巡らせてしまったわけですな。

今回は、あらかじめ「事故に遭ったけど精神的にショックを受けてる
から夜出歩いてるからだとかイヤミを絶対に言わないで」と
親にメールして先手を打っておきました。

けして私の親が鬼悪魔とかいう意味ではなくて、先日の日記にも
書いたように愛情表現が歪んでるんだと思います。

素直に心配する言葉を表現出来ないんだと。
だって、心配でないワケありませんもんね。

そう思うと、私も、「赦す」ことが出来ます。

「赦す」ことで、最も苦しみから解放される人。
それは、「赦し」を与えた側の人なんですよね。

罪を犯した側は、もしかしたら永遠に罪の意識は
拭い去ることは出来ないかもしれないし、
拭い去ってはいけないこともあるかもしれない。

私の親も、出来の悪いわが子を赦すことが出来たら
それはそれはきっと楽になるでしょうが、
それはご本人方の選択なので、その選択も私は受け入れる
ことにします。

火事に遭った後のしばらくは、その親の価値観を受け入れ
られなくて、何度衝突したことか。

今回の交通事故後は、もし仮にほとぼりが冷めて
また世間体を気にしたイヤごとを言われたとしても
衝突はしなくてすみそうです。

そ思うと、今の私の心はとっても軽いのデス。

首と腕と足は超痛いですが・・・。

深いテーマの映画ですが、結婚してこれから
家庭を築くカップルとかに見てもらいたいなって
思いました。Title

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